横浜地方裁判所 昭和42年(ヨ)70号 決定 1968年1月29日
申請人 石崎修一
被申請人 株式会社三豊製作所
主文
申請人が被申請人に対し、雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
被申請人は、申請人に対し、昭和四一年一二月一八日以降毎月二七日限り、二一、二五〇円を仮に支払え。
申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
理由
(一) 申請人代理人は主文第一、二項同旨の裁判を求め、申請の理由を次のとおり述べた。
被申請人(以下会社という)はマイクロメーター、ノギスなど各種測定器の製造販売を目的とする株式会社で、川崎市坂戸(溝の口工場と称す)、呉市元町(広島工場と称す)などに工場を有している。申請人は昭和三五年三月一五日入社し、溝の口工場製造課に勤務し、昭和三八年四月以降はマイクロメーター表面加工作業に従事して来た。
会社は申請人に対し、昭和四一年一二月一六日午後二時頃広島工場への転勤を命じ、その際翌一七日に広島向け出発して、広島工場で勤務するように通告した。
申請人は突然のことなので、同月二一日まで考慮させてくれと申し入れて、転勤に応ずるか否かの回答の猶予を求めたが、会社は同月一七日午後三時頃転勤拒否を理由として、申請人を解雇する旨通告した。
然し右解雇は次の理由で無効である。
(1) 当時広島工場では、申請人よりも高度の技術を有する表面加工技術者がいて申請人は必要でなかつたのに、溝の口工場では申請人が指導的役割を果していたのであるから申請人の転勤は会社にとつて寧ろ不利益であつた。従つて本件転勤にはそれを必要とする合理的な根拠がない。
又、転勤は労働者に対して重大な影響を及ぼすものであるから転勤を命ずるに当つては、事前に十分話し合いなるべく納得の上、相当な予裕をもつて転勤させるべきである。然るに本件転勤命令は、事前の話し合いはなく、翌日勤務地たる呉市に出発せよというのであるから、前掲の申請人の転勤に合理的な根拠のないこととあいまつて、権利の乱用であり、無効なものといわざるをえない。
(2) 会社には、従業員で組織する全国金属労働組合神奈川地方本部三豊製作所支部(以下全金支部という)と三豊溝の口工場労働組合とがある。
会社は全金支部を嫌悪し、その組合員に対して不利益な取扱いをして来た。
会社は、申請人が全金支部員ではないけれども、日常の組合活動において同支部員に協調する態度をとつたこと、及び申請人の企業内外における活動より同人を日本民主青年同盟員だと目したことから、申請人を溝の口工場から排除する目的のため転勤を命じたものである。従つて本件転勤命令は、不当労働行為であり、又労働者の思想を理由とする差別取扱いであるから、無効なものである。
以上本件転勤命令は無効なものであるから、斯る命令を拒否したことを理由とする本件解雇も無効であることは当然である。
右解雇処分は無効であるのにも拘らず、会社は申請人を従業員として扱わず、解雇後は賃金を支払わない。
申請人は昭和四一年四月以降解雇に至るまで固定賃金として月額二一、二五〇円を毎月二七日に受領し、それのみによつて生活して来たものであり、本案判決の確定を待つていては回復し難い損害を蒙むる虞れがある。よつて従業員としての地位の確認と賃金の支払いを求めるため本申請に及んだ。
(二) 被申請人代理人は申請の理由に対する答弁および主張として次のとおり述べた。
被申請人が申請人主張のとおりの会社であり、申請人がその従業員であつたこと、および昭和四二年一二月一六日、申請人に対し転勤を命じ、翌一七日同人を解雇した事実は認める。
然し本件解雇が無効であるとの主張は争う。本件解雇は就業規則七〇条、四号(正当な理由がなく異動命令その他業務上の必要に基く会社の命令を拒否したときは懲戒解雇に処する。)、同三九条一項六号(七〇条の規定によつて懲戒解雇処分を受けたときは解雇する。)に基いて行われたものであり正当な解雇である。
会社溝の口工場は、昭和四一年七月二日付をもつて、広島工場から表面加工技術者らの転勤要請を受け、その必要を認めて応ずることとし、同年一二月一一日申請人を転勤させることに決定した。そこで翌一二日申請人の直属上長である斉藤正美をして申請人に対して、広島工場への転勤を内示した上、同月一六日正式に申請人に対して転勤を命じ、同月二一日から広島工場で勤務するように通告した。然し申請人は正当な理由がないのにも拘らず右命令に応じようとしないので庄司勤労課長らをして、一六日、一七日の両日に亘つて極力説得に当らしめたが、申請人は聞き入れず、正当な理由がないのにかかわらず一七日午後には右命令を拒否するに至つた。それで会社は止むを得ず解雇したものである。
会社に労働組合が二つあることは認めるが、申請人が全金支部に協調する態度をとつたことは知らない。申請人は組合活動をしたことはなく、本件解雇が不当労働行為に該当することはない。
又、本件解雇は申請人の思想を理由とする解雇でもない。
(三) 当裁判所の判断
被申請人が申請人主張どおりの会社であり、申請人はその従業員であつたこと、および会社が昭和四一年一二月一七日付をもつて申請人に対して転勤拒否を理由として、解雇する旨通告した事実は当事者間に争いがない。
よつて本件解雇の効力について判断する。
疏乙第四号証、同第五号証の一、証人庄司豊太郎の証言および申請人本人尋問の結果ならびに申請の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められる。(但し、右証言および本人尋問の結果のうち後記措信しない部分は除く)。
会社溝の口工場は、昭和四一年七月二日広島工場から表面加工技術者らの転勤要請を受けたが、溝の口工場でもその要請に直ちに応ずることのできる体制にはなかつたので時期を待つこととして人選等その他何等の措置をも行わなかつた。ところが同年一二月一一日に至つて、表面加工技術者としては申請人を派遣することに決定し、翌一二日に申請人の直属の上司である斉藤組長をして申請人に広島転勤を漠然として示唆させたのみで、申請人の意向を確めることは何もしないまま同月一六日の午後庄司勤労課長が申請人に対し、広島転勤を命じ、同月二一日から広島工場で勤務するように通告した。
申請人は大学進学の希望が極めて強かつたので暫時考慮期間の希望を表明したが、庄司課長は今晩ゆつくり考えろと返答したのみで翌一七日午前八時すぎには申請人を呼んで再度転勤命令に応ずるよう求めた。ところが、申請人は前述の理由よりして即答を避けて四日間位考慮期間を置くことを要請したが、庄司課長は考慮期間を与えることを拒否し、同日正午すぎには工場長ら溝の口工場の首脳部と協議し、申請人が右転勤命令に応じなければ解雇すべく決定した解雇通知書を作成し、同日午後申請人を呼んで広島行を再度勧め、同人が応じられない旨答えるや即日解雇した。
以上の認定に牴触する証人庄司豊太郎の証言および申請人尋問の結果の部分は措信せず、その他右認定を左右するに足りる疏明はない。
いうまでもなく、業務上必要な転勤命令を出すことは使用者の権能に属しており、労働者はそれに服する義務があるが、然し労働者の立場からすれば、転勤に伴う現実的職場および住居の変更等の労働者に及ぼす影響は大きいから、使用者としても転勤を命ずる際にはできる限り労働者の同意を得るようにし、已むなく同意が得られない場合でもなるべくその希望に副うように努力した上で転勤を実施するのが労使関係における信義則に合致しているものと云わねばならず、右要請に著るしく反する使用者の一方的転勤命令は権利の乱用であり、結局その命令は無効なものと断定せざるを得ない。
本件解雇の場合を考えるに、前掲判断のとおり会社は申請人を早急に転勤させなければならない事情は認められないのに、申請人の意向を全然確めずに転勤を命じ、又考慮期間を与えてくれとの申請人の要請も全く無視し、転勤を命じた日の翌日にはもう解雇に及んでいるのであるから、本件転勤命令は権利の乱用としてその効力を否定すべきものと解さなければならない。したがつて、斯る転勤命令を拒否したことを理由として懲戒解雇に処することはできないのであるから、本件解雇は無効であり申請人は依然として会社の従業員としての地位を有する。
次に疏甲第六号証、同乙第三号証の一によれば、申請人は解雇当時月額二一、二五〇円の固定賃金を毎月二七日限り受けていたことが認められ、また申請の全趣旨によれば申請人は賃金のみによつて生活していたが、解雇後は賃金が支払われないために生活に窮している事実が認められる。してみれば申請人が本案判決に至るまで会社から従業員として取扱われず、かつ賃金の支払いを受けられないことによつて著るしい損害を蒙むることは明らかである。よつて申請人の求める仮処分はその必要性がある。
以上申請人の主張はすべて理由があるから、これを認容し、申請費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 石橋三二 藤原康志 新城雅夫)